東京駅や上野駅まで新幹線に乗車し、その後在来線で最終目的地の駅に向かう方は多いのではないでしょうか。
東京駅や上野駅は、「特定都区市内制度」における「東京都区内」や「東京山手線内」のゾーン内にある駅です。中長距離の普通乗車券で当該制度が適用される場合、これらのゾーン内にある駅であれば、どの駅から乗車してもどの駅で下車してもオッケーです。
ゾーン内にある目的地の駅まで向かう際、方向を変えずにまっすぐ向かう場合と、今まで来た方向を折り返す必要がある場合と、どちらのケースも考えられます。折り返して乗車することを「複乗」といいます。
ここで問題になるのは、当該ゾーン内で経路を折り返す場合です。乗車券の運賃計算をする時、経路が折り返しになる場合、折り返しになる駅で運賃計算を打ち切り、そこから先は別に運賃計算をするルールがあります。東京駅や上野駅に着いてから折り返して乗車する際、このルール通りに別に運賃を支払う必要があるのでしょうか。
特定都区市内駅制度が適用される普通乗車券では、ゾーン内での複乗が可能です。距離が足りない近距離区間の普通乗車券でもこの特例が準用され、複乗が可能な場合があります。
この記事では、特定都区市内駅制度や複乗の定義を押さえてから、特定都区市内を複乗する際に適用される特例について説明し、この疑問を解消するためのヒントを提示します。
- 複乗(折り返し乗車)すると別に運賃がかかるのが原則
- 特定都区市内制度が関係する場合複乗が認められるケースがあること
- ネット予約サービスでも運賃計算結果が正しく算出されること
用語の定義:「特定都区市内制度」「複乗」
本題に入る前に、まずは用語の定義を押さえたいと思います。
特定都区市内制度とは
東京23区内や横浜市内、大阪市内など、全国の主な大都市にあるJRの駅について、同じ市内や区内ではひとつの駅と考えるのが「特定都区市内制度」です。全国には、このゾーンが12か所あります。
各ゾーンには、運賃計算の基準になる「中心駅」があります。東京都区内と東京山手線内については、東京駅と定められています。ゾーンの範囲は、次の図のとおりです。
【東京都区内】
【東京山手線内】
これらのゾーン内であれば、改札口を出ない限り任意の駅で旅行を開始したり旅行を終了することが可能です。例えば、東京駅で新幹線を降りてから新橋駅に向かう場合や、上野駅から日暮里駅に向かう場合が該当します。
万が一途中下車しなければならなくなった場合、発駅から市外に出る前であれば実際に乗車した区間の運賃を別途支払い、入場を帳消しにしてもらうのが現実的でしょう。一方、着駅と同じ市内に入ってからの出場ならば、きっぷは回収となります。
特定都区市内制度の基本については、他の記事でまとめました。興味がある方は、以下の記事(↓)も是非ご一読ください。
複乗とは
いま来た経路を折り返して乗車することを「複乗」といいます。今例示した東京駅ー新橋駅間や、上野駅ー日暮里駅間は折り返し乗車にあたり、複乗ということになります。
運賃計算をする際、経路を折り返さない限りは通しで計算することができます。しかし、折り返す場合には折り返しになる駅で一旦運賃計算を打ち切り、そこから先は別に運賃計算します。
つまり、複乗する場合、運賃が2件分かかることになります。
特定都区市内制度におけるゾーン内の複乗の特例
新橋駅や日暮里駅は、東京都区内や東京山手線内のゾーン内にある駅です。新幹線を降りてから乗り換えて向かうわけですが、その分の運賃が別にかかるとすると、ゾーンをひとつの駅として扱う趣旨にそぐわないことになります。
そこで、ゾーン内の各駅に向かう場合、複乗になっても運賃を別取りしないという特例があります。
この特例の根拠は、JR各社の「旅客営業規則」第160条の3です。以前は各社の内規である「旅客営業取扱基準規程」にて規定されていましたが、2024年4月より旅客営業規則上に明文化されました。
(特定都区市内等における折返し乗車の特例)
第160条の3 特定都区市内発若しくは着又は東京山手線内発若しくは着となる普通乗車券を所持する旅客は、列車に乗り継ぐため同区間内の一部が復乗となる場合は、当該区間について乗車することができる。
引用元:旅客鉄道株式会社 旅客営業規則
この条文には、今お話ししてきたゾーン内での複乗について、別に運賃がかからないように取り扱う特例が書かれています。このルールのおかげで、運賃を別に支払うことなく任意の駅に向かえるわけです。
設例1:宇都宮駅から東京山手線内ゆき普通乗車券
今お話ししてきた原則を理解するため、ここで一つケーススタディーをお出ししたいと思います。
東京駅から109.5km離れた宇都宮駅(栃木県宇都宮市)までの普通乗車券には特定都区市内制度が適用され、東京駅側は「東京山手線内」になります。
乗車券の表示は「宇都宮 ➡ [山]東京山手線内」となり、運賃額は1,980円です。
宇都宮駅から日暮里駅まで乗り換えなしで行くことはできません。東北新幹線/宇都宮線に乗車して上野駅まで向かい、そこから山手線に乗り換えて目的地の日暮里駅で改札口を出るわけです。この場合、上野駅から日暮里駅の区間が複乗にあたりますが、当該区間の運賃は別にかかりません。
もし運賃が別にかかったら、特定都区市内制度の意味がなくなってしまうことをお分かりいただけるかと思います。ゾーン内の駅を移動するには、経路が任意であるのが自然でしょう。
当記事でお話ししている「複乗」は、旅客営業規則上「区間外乗車」と呼ばれます。区間外乗車にはいくつかのバリエーションがあります。区間外乗車に関する詳細について、別記事にまとめました。ぜひご一読ください。
特定都区市内制度が適用されない距離ながら特例が適用されるパターン
いま、ゾーン内の駅を複乗できるのは、特定都区市内制度が適用される場合とお話ししてきました。しかし、距離が足りないケースもあります。その場合、果たして複乗になる区間の運賃が別にかかってしまうのでしょうか。
実は例外があり、距離が足りなくてもゾーン内の駅を複乗する際の特例の考え方を適用できる場合があります。
この根拠を何らかの条文に求めようとしましたが、該当する規程が見当たりませんでした。救済の意味があるので、内規や社内の事務連絡等でこの取り扱いが運用されていると考えられます。
設例2:土呂駅から日暮里駅ゆき普通乗車券
今お話ししてきた原則を理解するため、ここで一つケーススタディーをお出ししたいと思います。
土呂駅は大宮駅の隣にある駅で、東京地区の電車特定区間を外れます。運賃計算の際は電車特定区間の運賃テーブルではなく、幹線の運賃テーブルを適用します。
東京駅から33.3km離れた土呂駅(さいたま市北区)までの普通乗車券を考えます。距離が足りないため、特定都区市内制度は適用されません。
宇都宮線に乗車して上野駅まで向かい、そこから山手線で目的地の日暮里駅で改札口を出る場合、上野駅から日暮里駅の区間が複乗にあたります。このケースでも当該区間の運賃が別にかかるわけではなく、片道乗車券で乗車できます(上野駅では途中下車不可)。不思議ですね。
乗車券の表示は「土呂 ➡ 日暮里」となり、運賃額は510円です。
ネット予約サービス「えきねっと」で経路指定した場合、運賃計算の結果としてこの事象が再現されて、筆者も驚きました。
経路検索の結果、上野駅で乗り換えの経路と赤羽駅で乗り換えの経路が表示されました。前者は複乗になるにもかかわらず、両方とも同額です。
上野駅で複乗となる経路は、次の通りです。
このまま決済すると、片道乗車券が発券されます。
設例3:大宮駅から日暮里駅ゆき普通乗車券
それでは、土呂駅よりも一つ手前の大宮駅ではどうでしょうか。
大宮駅は東京地区の電車特定区間に含まれるため、日暮里駅までの運賃計算には電車特定区間の運賃テーブルにて運賃計算します。
土呂駅と同様、大宮駅からの普通乗車券も特定都区市内制度は適用されません。
上野東京ラインに乗車して上野駅まで向かい、そこから山手線で目的地の日暮里駅で改札口を出る場合も、上野駅から日暮里駅の区間が複乗にあたります。
このケースでは、運賃計算の原則通り、上野駅で一度運賃計算を打ち切り、上野駅から日暮里駅までの運賃が別にかかってきます。連続乗車券で発券するのが一般的であろうかと思います。
乗車券の表示は(連続1)「大宮 ➡ 上野」(連続2)「上野 ➡ 日暮里」となり、運賃額は大人640円です。土呂駅と大宮駅は3.0km離れた隣の駅にもかかわらず、全く異なった結果となることは、全く謎です。
これは完全に筆者の推測ですが、特定都区市内制度が適用されない近距離の普通乗車券でも、当該制度が適用されるケースと同様に複乗できるように救済する趣旨ではないかと思います。したがって、京浜東北線で直通できるような電車特定区間内の駅発着には、複乗できる救済措置が不要であろうという考え方ではないでしょうか。
今度は大宮駅を発駅として、えきねっとで経路検索をします。
上野駅乗り換えの経路と赤羽駅乗り換えの経路が表示されますが、当然ながら運賃額が異なります。土呂駅が発駅の場合金額が同額だったのとは対照的です。
上野駅で複乗となる経路は、次の通りです。
このまま決済すると、連続乗車券として2枚のきっぷが発券されます。
同じ運賃計算結果のきっぷを駅の指定席券売機で購入
この運賃計算の結果は駅でも当然生きていて、指定席券売機で「乗換案内から購入」しても同じ結果になります。連続乗車券を基本的に発券できない指定席券売機であっても、例外的に連続乗車券が発券される珍しい現象を体験しました。
発券されたきっぷ。指定席券売機から連続乗車券が発行された例です。
旅客営業規則第160条の3第2項以降には、横浜市内/大阪市内における市外乗車の特例も規定されています。大阪市内発着の普通乗車券で久宝寺駅(大阪府八尾市)を経由する場合について、別の記事を投稿しています。ご興味ある方は、以下の関連記事(↓)を是非ご一読ください。
まとめ~遠い駅からの運賃の方が安いことも~
この記事では、特定都区市内制度が適用された普通乗車券で当該ゾーン内を複乗する場合の取り扱い方を詳しくみました。
この記事で取り上げたケーススタディーでは、日暮里駅からより遠い土呂駅からの運賃額(510円)が、より近い大宮駅からの運賃額(640円)よりもかなり安い現象がみられました。遠い駅からの方が運賃が近い駅からよりも安いという、不思議な現象が生じました。
特定都区市内制度が適用されるゾーンを一つの駅とみなすことから、当該ゾーンの駅間を移動する経路はユーザーの任意に委ねるのが自然でしょう。そのような趣旨で、例外的な特例として複乗が認められるものと考えます。
驚くのが、特定都区市内制度が適用されない近距離であっても、この特例が準用されるケースがあることです。この例外については明文の規定が存在せず、社内の事務連絡レベルであろうと推測します。
いずれにせよ、電車特定区間の外側の駅からの普通乗車券にみられる事象で、近距離の移動でも救済措置として複乗を認めましょうということだと思います。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料 References
● JR旅客営業制度のQ&A(自由国民社)2015.3 pp149-150
● 旅客営業規則 86条(特定都区市内にある駅に関連する片道普通旅客運賃の計算方)
● 旅客営業取扱基準規程 149条(特定の分岐区間に対する区間外乗車の取扱いの特例)
● 旅客営業取扱基準規程 150条(特定都区市内等における折返し乗車等の特例)
改訂履歴 Revision History
2024年10月07日:初稿 修正
2024年06月09日:初稿 修正
2024年05月04日:初稿 修正
2024年02月04日:初稿 修正
2024年01月07日:当サイト初稿(リニューアル)
2023年4月13日:前サイト 原文作成
コメント
おそらく大宮→上野→日暮里のきっぷは発券ミスですね…というのも、旅規160条の2に「(2)日暮里、鶯谷又は西日暮里以遠(田端方面)若しくは三河島以遠(南千住方面)の各駅と、尾久駅との相互間(特別車両定期乗車券を使用する旅客を除く。)日暮里、上野間及び鶯谷、上野間」とあり、当該規定がいわゆる大回り乗車にも適用される(文面上は〜によって当該区間を乗車する場合を含むとなっているが、これをどうとるか問題)ことを勘案すれば、大宮発でも適用されるんですよね…大宮発の当該列車も現行ダイヤでは尾久経由なので該当しそうですし…まあちょっとそれでも微妙な感じはしますが…