東京と大阪の中心部には、JRの環状線である「山手線」と「大阪環状線」があります。多くの列車が、それらの路線を周回しています。
山手線を走る列車は、東京駅から品川駅・新宿駅・池袋駅・上野駅を経て、東京駅までの区間を一周します。34.5kmにわたる山手線の全区間の所要時間は、約65分です。
一方、大阪駅から京橋駅・天王寺駅・西九条駅を経て、大阪駅までの区間を一周するのは、大阪環状線です。21.7kmにわたる大阪環状線の全区間を、約45分かけて一周します。
山手線や大阪環状線の列車に乗車したものの、寝過ごして長時間同じ車内で過ごすこともあります。乗車した駅に再び戻ってくることもあるわけですが、その場合には運賃が一体いくらかかるのでしょうか。疑問をお持ちの方が多いのではないかと思います。
出発する駅と到着する駅が同じ場合の運賃は、一体いくらなのか。筆者も、新しいようで古いこの問題を解くべく、実際にきっぷを買って検証しました。
本来は実際に乗車する距離分の運賃がかかるのが原則ですが、一部の現場では異なる運用がされています。
この記事では、山手線や大阪環状線を一周乗車した場合の運賃が一体いくらであるかを考えるため、はじめに乗車券の経路や運賃計算に関する一般的なルールを取り上げます。そして、各線における取り扱いがどのようになっているのか、問題点を含めて見ていきたいと思います。
- きっぷのルール上、グレーゾーンな運賃計算案件であること
- 環状線一周経路の場合、1枚の片道乗車券を発売するのが大原則
- 最低区間運賃の2倍にあたる金額や入場料金分を課す例もあること
山手線一周の運賃はどれが正しい?
山手線を一周し、出発した元の駅に戻った場合の運賃の支払い方は、次の手段が考えられます。
● 交通系ICカードを使用して自動改札から入場・出場
Suicaなどの交通系ICカードを使用して自動改札から入場し、同じく自動改札から出場すると、大人で150円引き落とされます(「タッチでエキナカ」サービス利用と判定されます)。
● 交通系ICカードで入場し有人改札で精算
交通系ICカードが入場券代わりとなるまでは、入場した駅で出場するとエラーとなりました。現在でも有人改札で精算を申し出る必要があり、山手線最低区間運賃150円の2倍=300円を支払うことになります。
● あらかじめ普通乗車券を購入
乗車する前に、駅の券売機もしくは窓口で普通乗車券を購入します。その場合に買うべききっぷとして、上記の最低区間運賃150円の2倍=300円であるか、山手線の実乗キロ(34.5km)分の運賃500円であるか、議論があります。
このような手段が考えられますが、一物一価ではありません。鉄道運賃の決め方としてはグレーゾーンですが、一体どれが正しいのでしょうか?
きっぷの購入を申し出た箇所によって、対応が分かれました。駅出札窓口では、上記2通りの見解がありました。
大阪環状線一周ではどうか?
それでは、大阪環状線ではどうでしょうか?
● 交通系ICカードを使用して自動改札から入場・出場
ICOCAなどの交通系ICカードを使用して自動改札から入場し、同じ駅の自動改札から出場しようとすると、エラーとなり出場できません。したがって、この手段は選択肢にはなりません。
● 交通系ICカードで入場し有人改札で精算
大阪環状線を一周したことを有人改札で精算を申し出ると、大阪環状線最低区間運賃140円の2倍=280円、もしくは実乗キロ(21.7km)分の運賃350円を支払うことになります。筆者が直接確認したわけではありませんが、改札にいる駅員によって判断が分かれそうです。
● あらかじめ普通乗車券を購入
乗車する前に、駅の券売機もしくは窓口で普通乗車券を購入します。その場合に買うべききっぷの運賃は、上記の2通りが考えられます。
大阪環状線の場合もグレーゾーンですが、一体どれが正しいのでしょうか?
大阪駅出札窓口でこの経路を申し出たら、実乗キロ分の350円の片道乗車券を案内されました!
同じ駅に戻る場合の運賃計算のルール
鉄道をはじめとする公共交通機関は本来、出発する地点とは異なる地点まで旅客や貨物を運送するものです。つまり、出発する地点と同じ地点まで運送するためのきっぷを発売しても一般的には意味がないことになります。
しかし、山手線や大阪環状線のように、同じ列車に乗車しているだけで元の駅に到着してしまうような交通手段があるのも現実です。そのため、出発した駅から同じ駅までの運賃計算に関するルールをきちんと定めておく必要があります。
JR各社のルールブックである「旅客営業規則」には、経路を一周する場合の運賃計算方が規定されています。
路線ネットワークが網のように広がっているJR線では、経路をたどると環状ルートを周回するような形となる場合があります。周回経路を一周し、もと来た駅あるいは経路に戻ることを、旅客営業規則上には「環状線一周」と書かれています。
山手線一周や大阪環状線一周に関する運賃計算やきっぷの発売については、これらのルールに基づきます。
きっぷの経路組みを行う際の基本的な考え方については、以下の記事(↓)をご一読ください。
環状線一周となる場合の乗車券の基本ルール
乗車する経路が環状線一周となる場合、実際に乗車する経路に基づき1枚の片道乗車券が発売されるのが原則です。
旅客営業規則上の原則
ここで、環状線一周乗車に関連するルールを具体的に列挙します。
● 1枚の片道乗車券を発売する
経路が環状線一周となる場合、片道乗車券を発売します(規則第26条の2第1号)。
● 実際に乗車する経路で運賃計算を行う
運賃計算は、実際に乗車する経路で行います(規則第67条)。当該経路の営業キロもしくは擬制キロ、運賃計算キロを基にして、運賃を算出します。
● 経路が環状線一周となった時点で運賃計算を打ち切る
経路が環状線一周となる場合、もと来た経路にぶつかった駅で運賃計算を打ち切ります(規則第68条第4項第1号)。
環状線一周となる経路に関しては、このように多くのルールが入り混じっています。山手線一周、あるいは大阪環状線一周の運賃計算に落とし込んだら、一体どのような結果となるでしょうか。
大都市近郊区間制度の存在がことを複雑に
旅客営業規則には、大都市近郊区間制度について規定されています。
ざっくりいうと、東京周辺や大阪周辺などの大都市エリアについては「大都市近郊区間」と定義されていて、当該区間では途中下車ができないとされています(規則第156条2項)。ただし、きっぷの経路指定にかかわらず、ユーザーは任意の経路を選択できるとされています(規則第157条2項)。
山手線内や大阪環状線内が大都市近郊区間に含まれることから、経路通りに運賃計算し、実乗キロに基づいたきっぷを発売すると、この規定に矛盾が生じるようにみえます。
実乗経路通りに運賃計算しきっぷを発売するという旅客営業規則の大原則が、効力面での大都市近郊区間制度によって打ち消されてしまうわけです。
大都市近郊区間の基本について、別の記事(↓)にまとめました。興味がある方は、是非ご一読ください。
筆者の個人的見解
いま申し上げた通り、山手線および大阪環状線一周のためのきっぷとしては、実乗経路に基づいた1枚の片道乗車券を大原則に従って発売するのが自然だと考えます。きっぷの発売と効力は違う次元であるため、発売そのものには影響はもたらされないのではないでしょうか。
大都市近郊区間制度がきっぷの発売方を余計に紛らわしくしているため、駅員の対応が分かれる結果を招いてしまいます。いずれの対応も、正しいとも誤りであるとも断言できません。
あらかじめ普通乗車券を駅窓口で購入する場合、これからご紹介する片道乗車券を購入するのが望ましいです。しかし、いま述べたことはあくまでも原則論であって、実務上は一筋縄ではいかないのです。
実際に普通乗車券を窓口で購入した際の体験を共有します!
山手線を一周する普通乗車券を経路通りに購入してみた!
結論から申し上げると、発売箇所によって対応が異なりました。ここでご紹介するきっぷは人によって買える買えないの話になるので、限定的な公開とさせていただきます。
最初に2の某駅窓口へ。山手線一周34.5kmの片道乗車券が欲しいと申し出たところ、誤発売になるため発売できないと言われました。その代わり、最低区間運賃の2倍の運賃(150円の2倍=300円)で対応しているとの旨。
腑に落ちなかったので、別の駅の窓口へ。マルスの操作が一筋縄ではいかなかったものの、何事もなく購入可能でした。そこの窓口氏いわく、きっぷのルール上は特に問題ないと。
片道34.5km分の普通片道乗車券500円を手にしました。山手線一周の乗車券とは一見して分かりにくいです。
大阪環状線を一周する普通乗車券を経路通りに購入してみた!
筆者が認識している原則通りに問題なく購入できたので、現物をそのままご紹介します。
大阪を訪れている最中、出来心で大阪環状線を一周乗車してみたくなりました。交通系ICカードでは入場駅と同一の駅で出場できないので、紙のきっぷを買っておきたいと思いました。
そこで、みどりの窓口へ。筆者の心をそのまま窓口氏に伝えたところ、片道21.7km分の普通片道乗車券350円を問題なく発売していただけました。
これが、実際に手にしたきっぷです。経由欄には、大阪環状線がしっかり表示されています。見ていて美しいです。
マルスで発行された一枚のきっぷにすぎませんが、その中に複雑な人間模様が織り込まれていることをご理解いただけたかと思います。
JR東日本の運用~原則を修正~
元々の基本ルール(旅客営業規則)が煩雑で、グレーゾーンなきっぷであるために、上述のように発売箇所によって異なる対応が取られました。
そのため、JR東日本では最低片道運賃の2倍の金額をもって、この疑問への答えとして案内を統一しているようです。筆者も、きっぷを求めようとした際、実際に案内されました。
しかし、この運用は実乗経路通りに運賃計算した片道乗車券を発売する上記原則から外れています。ユーザーに対しては、当該運用の理由を明確に伝える必要があるでしょう。
山手線一周経路特有の問題点
山手線一周経路上には、東京駅・品川駅間の東海道新幹線および東京駅・上野駅間の東北新幹線が存在します。全区間を在来線に乗車する限り、実乗経路を勘案しない上記運用でも問題ありません。しかし、実際に新幹線に乗車する場合が問題です。
新幹線に乗車するためには、経路が指定された普通乗車券(紙のきっぷ)が必要です。環状線一周経路として実乗キロ分の運賃計算を行った上で、紙のきっぷを発売する必要があります。この経路を不売とすると、新幹線に乗車したいニーズに対応できなくなるのが問題です。
IC入場サービス「タッチでエキナカ」の問題点も
JR東日本管内の在来線の主な駅では、交通系ICカードを入場券として代用できる「タッチでエキナカ」というサービスが展開されています。
駅の改札口を入場してから駅ナカのお店を利用しても、列車に乗車してから元の駅に戻ってきても、その違いを自動改札機は判定できません。簡単に解決できないだけに、状況に応じた適正な金額を収受できない問題が存在すると考えます。
当記事における問題点と関連して、別の記事にてこのサービスを深掘りしました。興味をお持ちの方は、以下の記事(↓)を是非ご一読ください。
まとめ
この記事では、山手線や大阪環状線の列車に一周乗車するために必要な運賃について、どれが正しいのか考察しました。その結果、これといった絶対的な正解はなく、グレーゾーンな案件であることが判明しました。
JRの運送約款「旅客営業規則」の諸規定の趣旨を汲む限り、大都市近郊区間内であっても乗車経路通りに実営業キロから運賃計算し、1枚の片道乗車券を発売するのが自然です。ユーザーにとって納得できる運賃計算であり、トラブルも発生しにくいと考えます。
ただし、大都市近郊区間完結経路のため、実営業キロ分の運賃計算にはあまり意味がないと言えます。また、大都市近郊区間制度はきっぷの効力の問題であるため、運賃計算やきっぷの発売方には本来影響を及ぼしません。
JR東日本管内では、最低片道運賃の2倍相当の金額を正として、きっぷの発売や運賃の精算といった運用が図られています。しかし、交通系ICカードを入場券代わりとするサービス「タッチでエキナカ」があることで、適正な運賃・料金の収受が困難になる問題をはらんでいます。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料 References
● IC入場サービス「タッチでエキナカ」(JR東日本)2024.01閲覧
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第26条の2(普通乗車券の発売方)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第67条(旅客運賃・料金計算上の経路等)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 68条(旅客運賃・料金計算上の営業キロ等の計算方)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 156条(途中下車)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第157条(選択乗車)
改訂履歴 Revision History
2024年3月25日:初稿 修正
2024年02月28日:初稿 修正
2024年01月08日:初稿
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