きっぷを買わずに列車に乗車!鉄道におけるクレジットカードのタッチ決済~JR九州での利用体験から課題を考察~

JR九州自動改札機 デジタル決済

列車に乗る前にきっぷを買うという常識が、クレジットカードのタッチ決済(コンタクトレス決済)によって覆るかもしれません。

お店で買い物をして会計する時、クレジットカードを決済端末にかざします。それと同じことが、鉄道駅の自動改札でも可能になりつつあります。自動改札への入出場時にクレジットカードをかざすと、乗車区間の運賃が正確に決済されるのです。

交通系ICカードへの運賃チャージが必要なく、紙のきっぷを買う必要もないのは、鉄道において革命のようなものです。日本ではいまだに実証実験段階ですが、海外では先進事例があります。近い将来、きっぷが不要になる可能性があります。

筆者も、JR九州の駅でクレジットカードのタッチ決済を試してみましたが、そのスムーズさに驚きました。

自動改札を通過する際のスムーズさは、交通系ICカードに遜色ありません。スムーズに通れるのでタッチ決済も普及しそうですが、交通系ICカードとの共存が課題です。

この記事では、日本の鉄道におけるクレジットカードのタッチ決済(コンタクトレス決済)について、概要およびメリット・デメリットをお話しします。そして、筆者の実体験を通して感じた課題と可能性を深掘りしていきます。

この記事を読むと分かること
  • タッチ決済は世界共通で、外国人にも違和感がないこと
  • 紙のきっぷや交通系ICカードを用意する必要がないこと
  • システムの二重投資や社会受容性の面で課題があること

鉄道におけるクレジットカードのタッチ決済とは

タッチ決済に関するポスター

最初に、鉄道におけるクレジットカードのタッチ決済に関するしくみや、交通系ICカードとの違いについてお話しします。

鉄道におけるタッチ決済のしくみ

クレジットカードのタッチ決済では、クレジットカード(従来型のプラスチックカードやモバイル端末)を読み取り機にかざすことで、代金の決済が可能です。

これは、「NFC(近距離無線通信)」という技術で実現されています。非接触型のICチップと読み取り機が通信を行い、カードの情報がやり取りされると、決済は完了です。

クレジットカードの表面に埋め込まれた接触型ICチップと読み取り機との接触がないため、海外では「コンタクトレス決済」と呼ばれています。

鉄道駅においては、読み取り機が装着された自動改札機に、タッチ決済対応のクレジットカードやモバイル端末をかざします。すると、カードの情報が通信回線を経由して交通クラウドサーバーに送信されます。この過程でカード情報の認証や取引の承認が行われ、自動改札機を通れる形です。

入場駅と出場駅の情報からサーバー側で運賃が自動計算され、乗車区間に応じた運賃がクレジットカードに請求されます

審査を要さないクレジットカードも利用可能

自動改札機におけるタッチ決済の利用に際し必要なクレジットカードは、通常は代金が後払いの形で請求されます。

したがって、クレジットカードを持つには、審査を受ける必要があります。審査に通り、一定金額の与信を得る形です。しかし、審査がある以上審査にもれてしまい、クレジットカードを利用できない人が出てきます。

デビットカードとプリペイド式クレジットカード
デビットカードとプリペイド式クレジットカード

しかし、クレジットカードのすべてが審査を要するわけではなく、審査なしで利用できるタイプのものがあります。

  • デビットカード
  • プリペイド式クレジットカード

デビットカードは、銀行等が発行するキャッシュカードと一体化されています。銀行の預金残高から利用代金が決済されるしくみです。

また、プリペイド式クレジットカードでは、あらかじめ利用代金を現金等でチャージし、その残高から利用代金が決済されます。銀行口座を持たなくても利用できるのが、このカードの特長です。

たとえクレジットカードを持てなくても、クレジットカードと同等の決済サービスを利用できます。そのため、タッチ決済の利用をあきらめないで済みます。

交通系ICカードとの違い

SuicaやICOCAといった交通系ICカードも、自動改札機と非接触で通信する点ではクレジットカードのタッチ決済と共通しています。しかし、交通系ICカードには「Felica(フェリカ)」という日本独特の規格が採用されています。その点が、国際標準規格のNFC技術が採用されたタッチ決済との違いです。

交通系ICカードを利用する場合、自動改札を通る前に運賃をチャージする必要があります。利用代金に充当するための代金を利用前にチャージする点においては、前述したデビットカードやプリペイド式クレジットカードと共通しています。

ソニーの独自規格であるFelica技術をベースにした交通系ICカードは、日本独特です。そのため、国際標準規格であるNFCベースのタッチ決済に比べて汎用性に劣っているのは確かです。それゆえ、日本国内でも交通系ICカードが取り残されてしまうのではないかという懸念があります。

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日本の鉄道におけるタッチ決済の現状

鹿児島本線普通列車博多駅にて

クレジットカードのタッチ決済は、比較的新しい技術です。そのため、日本国内の鉄道駅において本格稼働している事例は今のところ少なく、ほとんどの鉄道会社では実証実験段階です。

タッチ決済を提供している事業者

クレジットカードのタッチ決済は、金融業界・IT業界・鉄道業界の三者が一体になって実現しています。

公共交通機関向けの決済ソリューション「stera transit」を提供しているのは、金融業界の一員である三井住友カード株式会社です。多くの鉄道会社が、このソリューションを採用しています。

そして、このソリューションを技術面で支えているのが、IT業界の中にあるQUADRAC株式会社です。エンドユーザー(鉄道利用者)の目にも触れることがある「Q-Move」は、この会社が提供するサービスです。

タッチ決済を採用している主な鉄道会社

クレジットカードのタッチ決済は、バス会社から導入が進んでいます。鉄道会社に関しては、バス会社よりも導入のスピードが遅く、実証実験を経て本採用に進みつつあるという段階です。

ここでは、本格的に導入されている主な鉄道会社と、実証実験中の段階にある主な鉄道会社をそれぞれ挙げます。

● 本格導入されている主な鉄道会社

  • 福岡市地下鉄
  • 熊本市交通局
  • 東急電鉄(世田谷線以外の全線)
  • 江ノ島電鉄
  • 長良川鉄道
  • 南海電気鉄道・泉北高速鉄道
  • 京都丹後鉄道

タッチ決済はまだ普及しているとは言えず、後述するように解決すべき課題がいくつかあります。具体的には、大人運賃以外の割引運賃への対応や、一日当たりの運賃の上限(デイリーキャップ)への対応などの多くの課題があります。

タッチ決済を提供する事業者はこれらの課題を解決できると言っていますが、十分とは言えないでしょう。

日本における最先端は、福岡市地下鉄です。実際に障害者割引や小児運賃に対応できており、一日当たりの運賃の上限が設定されています。

京都丹後鉄道では、昔ながらの手売りきっぷが広く発売されている一方、クレジットカードのタッチ決済も導入されているユニークな鉄道会社です。京都丹後鉄道のきっぷについては、次の記事(↓)を是非ご一読ください。

● 実証実験段階の主な鉄道会社

  • JR九州
  • 西日本鉄道
  • 京王電鉄
  • 名古屋鉄道
  • 近畿日本鉄道

交通系ICカード「SUGOCA」が普及しているJR九州の一部のエリアでも、クレジットカードのタッチ決済が実証実験中です。新しい物好きとも言えますが、積極的に新しいシステムを試そうとする進取的な姿がうかがえます。JR九州の駅で実際にタッチ決済を使用した実例を、後でご紹介します。

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タッチ決済のメリット・デメリット

クレジットカードを使用したタッチ決済のしくみにかんするメリットおよびデメリットをここで考えたいと思います。

メリット

● 交通系ICカードや紙のきっぷ購入が不要である点

ユーザーが所持するクレジットカードをかざすだけで自動改札を自在に通れるため、紙のきっぷや交通系ICカードという媒体を必要としません

エンドユーザーにとっても事業者にとっても、目に見えて分かりやすい最たるメリットです。

● 世界共通のしくみである点

クレジットカードのタッチ決済は、海外発のしくみです。いつも使っているクレジットカードが国内や海外の公共交通機関で利用できるため、きっぷを購入する煩わしさから解放されます

日本を訪れる外国人観光客にとっても、分かりにくい日本の鉄道きっぷのしくみをスキップできます。

● 事業者にとってはデータが得られる点

デジタルソリューションの最大の特長は、利用データが手元に残る点です。誰がどの区間をどの時間帯に何回乗車したかというデータが蓄積されるため、データを活用して営業戦略を練ることが可能になります。

デメリット

● クレジットカードを持てない人がいる点

前述した通り、クレジットカードを所持するには与信のための審査があります。審査の結果、一部の人がクレジットカードを持てないことになります。

高齢者・障害者・学生・子どもといった、クレジットカードを所持しにくいユーザーに対する施策が必要です。これらの属性があるユーザーには、専用の割引カードを提供するなどの対策が必要であろうと考えます。

● システム投資が過剰になりうる点

多くの鉄道会社では、すでに交通系ICカードによる乗車システムに多大な投資を行っています。クレジットカードのタッチ決済システムを導入するには、さらなる投資が必要な点が大きな課題です。この点に関しては、当記事後半で深掘りします。

● 利用手数料の負担がある点

クレジットカードの加盟店にとっては、クレジットカード会社への利用手数料が負担になります。これは、タッチ決済を利用する鉄道会社にとっても同じことが言えます。上述したシステム投資や手数料負担といったデメリットを上回るメリットが得られるか、よく検討する必要があるでしょう。

それでは、実際にタッチ決済を利用した印象をお話しします!

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JR九州の駅でタッチ決済の利用を体験!

多くの鉄道会社で導入が始まりつつあるクレジットカードのタッチ決済を、JR九州の駅で早速試してみました。

ここでは、自動改札での様子と利用明細の出し方をご説明します。

自動改札の通過方法

JR九州自動改札機

利用方法の説明が不要であるほど、タッチ決済の方法は単純です。自動改札から入場する時と出場する時に、クレジットカードを読み取り機にかざすだけです。

タッチ決済の処理速度は交通系ICカードに劣らず、自動改札の出入りはとてもスムーズでした。

筆者はこの時、プリペイド式のクレジットカードを使用しましたが、パフォーマンスには特に問題はありませんでした。デビットカードやプリペイド式のクレジットカードを使用する場合、残高が十分かあらかじめ確認しておきたいです。

オンラインでの利用明細の確認

自動改札で使用したクレジットカードの番号やユーザーの個人情報を「Q-MOVE」というウェブサイトに登録すると、利用明細をオンラインで表示できます。ここでは、利用登録の流れから乗車履歴の確認方法までを見ていきます。

引用元:Q-MOVEウェブサイト

会員登録の画面では、クレジットカードのブランドおよびカード番号、メールアドレス、氏名、生年月日を入力します。

引用元:Q-MOVEウェブサイト

会員登録が完了すると、乗車履歴を確認できます。過去365日分の履歴を日別に表示できます。筆者が利用した限りでは、利用時刻まで確認できました。

諸外国での先進導入事例

日本でも始まりつつあるクレジットカードのタッチ決済に関して、海外での先進事例を取り上げたいと思います。

公共交通機関が発達しているイギリスの首都ロンドンにおける事例およびシンガポールにおける事例をご紹介し、日本でタッチ決済を推進する上で学べる点を探っていきます。

ロンドン(Transport for London)

ロンドン地下鉄ラッセルスクエア駅

イギリスの首都、ロンドンにおける地下鉄やバスを利用する際には、紙のきっぷを買う他に「Oyster Card(オイスターカード)」という交通系ICカードが利用できます。それに加え、現在ではクレジットカードやモバイル端末のタッチ決済(コンタクトレス決済)が利用できます。

従来からの「Oyster Card」は、事前にチャージするプリペイドタイプのカードです。片道運賃をチャージ残高から引き落とす(Pay as you go)だけではなく、「Travelcard」と呼ばれる一日券や定期券を載せることが可能です。

一方、タッチ決済可能なクレジットカードやモバイル端末を自動改札にかざして利用する場合、片道大人運賃が請求される形です。訪問者にとってはOyster Cardを購入する必要がないため、手軽に利用できます(利用できるクレジットカードが限定される点に要注意)。海外発行のクレジットカードも利用可能ですが、手数料が追加される場合があります。

ロンドンオイスターカード
従来のOyster Card(プリペイド式)

プリペイド式のOyster Cardおよびクレジットカード・モバイル端末のタッチ決済ともに、「Daily Capping(デイリーキャップ)」と呼ばれる一日当たりの上限額が適用されます。どれだけ利用しても、一定額以上は請求されないしくみです。

今のところ、ロンドンではいずれかの決済方式に統合される動きはなく、プリペイド式のOyster Cardとタッチ決済が共存しています。

ロンドンにおけるしくみとよく似ているのが、福岡市地下鉄です。一日当たりの上限額(大人640円)が設定される点や、交通系ICカード「はやかけん」と共存している点が、ロンドンと共通しています。

シンガポール(SimplyGo)

シンガポールMRT

東南アジアの中心地といえるシンガポールにおいても、MRT(地下鉄)やバスが発達しています。それらの運賃の決済には従来、交通系ICカード「EZ-link」などが利用されてきました。

2019年に「SimplyGo」が運賃の新決済システムとして正式に導入されました。このシステムによって、クレジットカードおよびモバイル端末のタッチ決済(コンタクトレス決済)が利用可能になりました。

シンガポール国外で発行されたクレジットカードも、タッチ決済の手段として使用できます(運賃以外に手数料が課されるため要注意)。

アップグレード前のez-linkカード(プリペイド式)
アップグレード前のez-linkカード(プリペイド式)

既存のEZ-linkカードもアップグレードすれば使用可能ですが、その流れをくむ新カード「SimplyGo EZ-Link」カードか、タッチ決済が可能なクレジットカードのいずれかで自動改札を通ることになります。

シンガポールの交通機関には、在住者向けの一日乗車券や、一日当たりの上限額の設定などは特にありません。自動改札に入出場するたびに、1回分の運賃が引き落とされます。

SimplyGoの課題は、オンラインでチャージした残高がすぐに使えるようにならないことや、引き落とされた利用金額をすぐに確認できないことです。日本でタッチ決済を推進するにあたっては、シンガポールと同様、技術面での課題や社会受容性の課題をクリアしていく必要があります。

鉄道におけるクレジットカードのタッチ決済の課題

クレジットカードのタッチ決済のしくみは、多くのユーザーにとって便利です。しかしながら、課題もいくつか存在します。

設備の過剰投資・既存システムとの統一性の低さ

タッチ決済を導入するような鉄道会社の大半は、すでに交通系ICカードを用いた運賃の決済システムを構築しています。それに加えてタッチ決済のシステムを整備することは、二重投資になりうることが課題です。

筆者が実際に利用したJR九州においては、交通系ICカードのシステムがすでに整備されています。QRコードを用いたデジタルきっぷやタッチ決済の実証実験を進めるのは、JR各社の中ではJR九州だけです。

JR九州以外のJR各社では、クレジットカードのタッチ決済を導入しようという動きは今のところ見られません。むしろ、導入には消極的なのではないかと思えます。

投資に見合うだけのパフォーマンスが得られるか、よく検証する必要があります。

社会受容性の課題

クレジットカードのタッチ決済は、一般のユーザーにとってはなじみがない新たなしくみです。日本においては交通系ICカードによる運賃の決済が普及していますが、タッチ決済に移行するとしたら社会に受け入れられるかどうか、懸念があります。

タッチ決済を導入する代わりに、交通系ICカードを廃止しようとして問題になっているのが、熊本市交通局(熊本市電)です。タッチ決済への移行が報道されて以来、交通系ICカードの存続を求める声が上がっています。このことが、新たなしくみを導入する際には社会受容性の課題がついて回ることを証明しています。

クレジットカードを持てない人への対応

本人名義のクレジットカードを持てない学生や、クレジットカードの審査が通らない経済的困窮者にとっては、タッチ決済へのハードルの高さを感じるはずです。すべての人が利用できないしくみが公共サービスに導入されることには、異論があるでしょう。

まとめ

JR九州笹原駅

鉄道をはじめとした公共交通機関に、クレジットカードのタッチ決済(コンタクトレス決済)が導入され始めています。

クレジットカード1枚あれば、きっぷや交通系ICカードを買わずに乗車できます。自動改札での決済もスムーズで、次世代の運賃決済方法としては非常に有力です。

筆者も、JR九州の駅でのタッチ決済を実際に試してみましたが、スピードの面でも使い勝手の面でも非常に優れていました。

しかし、タッチ決済にはメリットと同じ数だけの課題があります。日本においてはすでに交通系ICカードが普及していますが、その中で新たな乗車システムの導入が社会に受け入れられるか、課題があります。日本だけではなく、シンガポールにおいても社会受容性の課題が明らかになっています。

また、交通系ICカードの乗車システムとタッチ決済の乗車システムが併存することは、ユーザー目線では利便性が向上する半面、事業者目線では二重投資です。タッチ決済が有用なものか、パフォーマンスが問われます。

この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!

参考資料 References

● QUADRAC株式会社ウェブサイト 2024.7閲覧

● 公共交通機関向けコンタクトレス決済|stera(ステラ)(三井住友カード)  2024.7閲覧

● Oyster online(Transport for London) 2024.7閲覧

● シンガポール simplygo 2024.7閲覧

● 熊本市電・バスの全国交通系IC決済、「廃止」方針に抵抗強く(熊本日日新聞社)2024.6.12付

当記事の改訂履歴 Revision History

2024年7月30日:初稿 修正

2024年7月18日:当サイト初稿

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