鉄道を利用する場面ですっかり普及した、SuicaやICOCAなどの交通系ICカード。交通系ICカードの利用エリアが非常に広大になり、当該エリアの端から端まで数百キロにわたるケースが出てきました。
交通系ICカードでIC乗車するか、従来からの紙のきっぷ(普通乗車券)を利用するかは、ユーザーの任意です。そのため、交通系ICカードを使った方がいいのか、普通乗車券を購入した方がいいのか迷う場合があるのではないでしょうか。
交通系ICカードと普通乗車券では、運賃計算の考え方が異なります。そのため、普通乗車券を買っておくと、IC乗車よりも運賃の総額が安くなることが多々あるわけです。また、乗車する際の取り扱いも、両者で異なります。
交通系ICカードを使う場合、自動改札を出場した時に運賃額が確定するため、途中下車の概念が元々ありません。また、列車の運休・遅延時の振替乗車も、交通系ICカードでは受けられません。
この記事では、交通系ICカードにチャージされた残高で乗車(SF乗車)する際の途中下車や振替乗車についてお話しします。そして、JR線で101km以上の中長距離区間を移動する際の制度上の違いをご説明します。紙のきっぷ(普通乗車券)をあらかじめ購入するか、交通系ICカードで乗車するかの迷いを解決するためのヒントを探っていきます。
- 途中下車制度を活用することで運賃の節約を図れること
- IC乗車には途中下車制度や振替乗車制度がないこと
- あらかじめ紙のきっぷ(普通乗車券)を購入するのに負担があること
IC乗車にはない普通乗車券の途中下車制度
交通系ICカードによるIC乗車が始まる前、鉄道を利用する際は紙のきっぷを購入しました。紙のきっぷといっても種類が多くありますが、本記事では「普通乗車券=紙のきっぷ」という前提でお話を進めます。
鉄道の利用を開始する発駅から利用を終了する着駅までの区間にある途中駅で改札を出てもきっぷを使い続けることができる制度が、途中下車制度です。この制度のポイントは、次の通りです。
- 経路全体で101km以上
- 後戻りしない
- 大都市近郊区間完結の経路ではない
- 運賃(普通乗車券)のみの概念
途中下車制度は、普通乗車券(運賃部分)のみに適用されます。特急券やグリーン券といった料金券は1回につきいくらなので、もともと途中下車の概念はありません。また、多くの割引きっぷや「新幹線eチケット」「EX予約」などの新幹線チケットレス乗車はいずれも企画商品で、途中下車は認められていません。
交通系ICカードを利用するには、あらかじめカードに運賃をチャージします。そして、乗車する区間に応じた運賃を、チャージした残高から引き落とします。IC乗車において運賃を引き落とすこの仕組みを、規定上「ストアードフェア乗車(SF乗車)」といいます。
改札を出る都度残高が引き落とされるので、運賃の差額を調整するような仕組みは今のところありません。普通乗車券とは仕組みが異なるので、交通系ICカードにはもともと途中下車の概念はありません。
そんなわけで、途中下車制度は、現在広く普及した交通系ICカードにはない、普通乗車券だけが持つ優れた特長です。
例えば、発駅Aから着駅Cまで200kmを移動するのに、経路上の途中駅Bに寄り道することが考えられます。交通系ICカードでIC乗車すると、A駅からB駅までの運賃とB駅からC駅までの運賃がICカードからその都度引き落とされます。
一方で、従来からある紙のきっぷ(普通乗車券)は、基本的には途中下車が可能です。この場合、A駅からC駅まで200km分の普通乗車券をあらかじめ買っておくと、途中のB駅で一旦改札を出ても当該きっぷが回収されず、1枚のきっぷで移動を続けられます。B駅では、C駅ゆきのきっぷを買いなおす必要がないわけです。
途中下車制度の基本について、別の記事(↓)に詳しくまとめました。是非ご一読ください。
また、当記事の内容に関連して、JR東日本管内におけるSuicaエリア拡大に伴って、途中下車制度が骨抜きにされる問題があります。別の記事(↓)で詳しく考察したので、当記事とあわせて是非ご一読ください。
普通乗車券の途中下車制度はユーザー目線で優れていますが、IC乗車ではその恩恵を受けられません。IC乗車に強引に誘導するのではなく、どのように乗車するか、ユーザーに主導権があるべきです。
普通乗車券・定期券固有の振替乗車制度
普通乗車券の大きな特徴は、乗車を始める前にあらかじめ乗車経路を決めて運賃計算し、紙のきっぷを運送契約の証として交付することです。定期乗車券も、運送契約の証を事前に得る点においては、普通乗車券と共通しています。
したがって、普通乗車券や定期券を使用する場合には、運送契約を完遂するために振替乗車などの便宜が提供されます。その点では、旅行開始後に列車の運休などのイレギュラーがあった場合でも安心です。
一方、交通系ICカードのSF乗車では経路が確定していないため、振替乗車などの便宜提供は一切ありません。
このように、ユーザー本位の優れた仕組みを持った普通乗車券ですが、現在は駅の有人窓口(みどりの窓口)が急速に減少していることから、入手にひと手間かかる状況です。指定席券売機でも一定の普通乗車券を購入できますが、複雑な経路の乗車券は購入しづらく、購入のための一定の知識が要求されます。
このように、従来のようには普通乗車券を気軽に入手できなくなってしまったことを覚えておきたいです。
途中下車制度を活用した運賃節約効果を検証する
それでは、発駅から着駅まで運賃計算が通算された普通乗車券を購入して途中下車する場合のコストと、途中駅で改札を出るごとに運賃計算が打ち切られるIC乗車のコストを、具体例を挙げて比較検証したいと思います。
JR各社の交通系IC利用エリアはいくつかありますが、それぞれ特徴があります。特徴を明らかにした上で、各エリア内での運賃計算例を挙げていく形を取りたいと思います。
各区間の運賃を比較するためには、それぞれの区間で運賃計算し、シミュレーションを行います。専用の運賃分割プログラムを利用できればベストですが、乗換案内などのスマホアプリでも簡単に運賃を算出できます。
少し手間がかかる作業ですが、節約をするためには見合うことではないでしょうか。
交通系ICカードの主なエリアごとに、概要と運賃計算例をご説明します。
Kitacaエリア(JR北海道)
Kitacaエリアの概要
北海道の札幌都市圏を中心に展開されているJR北海道の交通系ICカードです。2024年春、Kitacaエリアが旭川駅まで拡大されます。
Kitacaエリアは従前、概ね100kmの範囲に収まっていたので、途中下車制度との整合性が問題にはなりませんでした。しかし、旭川駅までのエリア拡大で、普通乗車券の活用という観点が出てきました。
運賃計算例:札幌駅→滝川駅→旭川駅
発駅の札幌駅(札幌市北区)から旅行を開始し、途中の滝川駅(北海道滝川市)にて途中下車し、きっぷの有効期間内に着駅の旭川駅(北海道旭川市)まで旅行を続けます。
発駅の札幌駅から着駅の旭川駅まで通しの運賃計算で普通乗車券を購入すると、IC乗車に比べ320円低額になります。寄り道する駅によって運賃計算の結果が変わりますが、途中下車制度を活用することで運賃が節約できるケースがありそうです。
Suicaエリア(JR東日本)
Suicaエリアの概要
JR東日本管内で広く展開されている交通系ICカードです。広大なJR東日本エリアが一つにまとまることは今のところなく、首都圏・新潟地区・仙台地区などいくつかのエリアが点在します。
首都圏エリアでは、JR以外の会社線の交通系ICカードPASMOと密接に関係があります。
Suicaエリアの曲者が、大都市近郊区間の存在です。大都市近郊区間で完結する普通乗車券には、通常のきっぷにはない以下の制限があります。
- きっぷの有効期間が当日限り
- 途中下車前途無効(改札を出るときっぷを回収される)
- ゾーン内の経路選択が自由
在来線経由の普通乗車券を購入すると、Suicaの特徴である有効期間当日限りかつ途中下車前途無効と同等の条件が強制的に付いてきます。
新幹線の並行在来線については、新幹線経由の乗車券とすることで途中下車制度の恩恵を受けられます。とはいえ、新幹線のないエリアではどうしようもありません。裏技を使わなければならない程度に選択の自由が奪われた状況で、旅客営業制度を勉強したプロや鉄オタ以外のユーザーが気軽に利用できる状況ではありません。
以下の2例は発駅と着駅が同じですが、それぞれ途中下車する駅が異なります。
運賃計算例1:横浜駅→大宮駅→高崎駅
発駅の横浜駅(横浜市西区)から旅行を開始し、途中の大宮駅(さいたま市大宮区)にて途中下車し、きっぷの有効期間内に着駅の高崎駅(群馬県高崎市)まで旅行を続けます。大宮駅から高崎駅までの区間は便宜的に新幹線経由としますが、実際は全区間在来線を利用可能です。
本記事の意図とは正反対の結果ですが、この場合はIC乗車した方が運賃が低額です。横浜駅から大宮駅までの区間が電車特定区間で、運賃が低廉です。そのため、通しの運賃計算での節約効果が残念ながら出ません。
運賃計算例2:横浜駅→東京駅→高崎駅
発駅の横浜駅(横浜市西区)から旅行を開始し、途中の東京駅(東京都千代田区)にて途中下車し、きっぷの有効期間内に着駅の高崎駅(群馬県高崎市)まで旅行を続けます。東京駅から高崎駅までの区間は便宜的に新幹線経由としますが、実際は全区間在来線を利用可能です。
先ほどとは異なり、あらかじめ通し計算の普通乗車券を購入した方が安くなります。発駅と着駅が全く同じながら、寄り道する駅が違うだけで結果が大きく異なることが分かります。電車特定区間運賃(賃率)が適用される距離が上記よりも短いこともあり、運賃計算を通しで行うメリットが存分に現れています。
TOICAエリア(JR東海)
TOICAエリアの概要
JR東海管内の全域が、一つのTOICAエリアとしてまとまっています(主要区間の駅が対象)。このエリアには大都市近郊区間がないため、普通乗車券を利用した場合の有効期間や途中下車の制限がありません。他のJR会社と比較して、交通系ICカード乗車と普通乗車券での乗車を自由に選択できる点で、柔軟性があります。
運賃計算例:熱海駅→名古屋駅→米原駅
発駅の熱海駅(静岡県熱海市)から旅行を開始し、途中の名古屋駅(名古屋市中村区)にて途中下車し、きっぷの有効期間内に着駅の米原駅(滋賀県米原市)まで旅行を続けます。
本例では、TOICAエリアの最長区間にてシミュレーションしてみました。この区間の営業キロが300kmを超えるため、運賃の遠距離逓減制が活きてきます。運賃計算を通しで行い、途中駅では途中下車することで運賃の節約を図れます。
ICOCAエリア(JR西日本)
ICOCAエリアの概要
JR西日本管内で展開されている交通系ICカードです。利用エリアが複数に分かれたJR東日本とは異なり、JR西日本の主要区間が端から端まで一つのICOCAエリアとして統合されています。
単一のエリアとしては非常に広大ですが、乗車可能な距離に上限があるため(概ね200km)、管内全域をICOCA一枚で自由自在に乗車できるわけではありません。したがって、普通乗車券がまだまだ幅を利かせているエリアです。
ただし、JR他社エリアとは異なり、JR西日本管内には難解な運賃計算の特例が数多くあるので、運賃の比較には要注意です。また、大阪近郊区間がとても広いので、JR西日本管内で途中下車できるきっぷを入手できるチャンスは、思ったほど多くないように思います。
運賃計算例:岡山駅→呉駅→広島駅
発駅の岡山駅(岡山市北区)から旅行を開始し、途中の呉駅(広島県呉市)にて途中下車し、きっぷの有効期間内に着駅の広島駅(広島市南区)まで旅行を続けます。
発駅から着駅までの距離が200kmを越えない程度では、通しの運賃計算の効果が顕著には現れてきません。JR西日本のICOCAエリアにおいては、IC乗車が200kmを超えないことになっています。そんなわけで、近距離の利用ではIC乗車の方が強いと感じます。
本事例の場合、経路には運賃計算の特例があります。通し計算の普通乗車券を購入して、途中下車を活用する効果が辛うじてあります。
まとめ
行先や経路が決まっていなくてもサクッと列車に飛び乗れる、交通系ICカードでのIC乗車。改札を出る時に初めて運賃額が確定します。したがって、交通系ICカードには途中下車や振替乗車の制度はありません。
一方で、乗車経路をあらかじめ決めて普通乗車券を購入してから列車に乗るスタイルでは、前もってシミュレーションして運賃節約を考えることができます。
発駅から着駅までの距離が長くなるほど、遠距離逓減制の原則が活きる形で運賃(賃率)が低くなります。これが、通しの運賃計算で普通乗車券を購入し、途中の駅に寄り道する場合は途中下車制度を活用すると有利な場合があることの根拠です。
改札を出るたびに運賃計算が打ち切られるIC乗車よりも、通しの普通乗車券のほうが運賃の総額が低くなる傾向があります。しかし、途中下車する駅でその結果が変わるため、スマホアプリなどを利用して、事前の運賃シミュレーションが欠かせません。
本記事で説明した運賃計算の原理を知らないと、IC乗車を勧めるために普通乗車券を売り渋る傾向がある(特にJR東日本の)出札係員に打ち勝つことができません。
運賃制度をゆがめて強制的にIC乗車に誘導するのではなく、利便性に勝るIC乗車を取るか、節約かつ柔軟な使い方が可能な普通乗車券を取るかの選択をユーザーに委ねるのが、平和なやり方ではないでしょうか。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料 References
● Kitaca(JR北海道)
● Suica(JR東日本)
● TOICA(JR東海)
● ICOCA(JR西日本)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第154条/第156条/第157条
● 東日本旅客鉄道株式会社 ICカード乗車券取扱規則 第22条/第38条/第40条
改訂履歴 Revision History
2024年3月14日:初稿 修正
2023年12月29日:初稿
2023年8月04日:原文作成
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