広大な東京近郊区間の最果てにある、篠ノ井線松本駅。交通系ICカードの利用エリアに含まれることから、途中下車の対象外になることが鉄オタの悩みです。
たとえ片道101km以上の経路であっても、東京駅や成田空港駅といった東京近郊区間に含まれる範囲で完結となれば、途中下車は一切できません。自由がないと嘆く人が多いのでは。
そこでクローズアップされるのが、松本駅からわずか0.7kmの大糸線北松本駅です。現状では交通系ICカード利用エリアを外れるため、自ずから東京近郊区間からも外れることになります。
東京近郊区間に含まれる松本駅と、東京近郊区間から外れる北松本駅では、きっぷの運賃計算方法や途中下車の扱いに大きな差が生じます。
北松本駅には交通系ICカードが導入されることが確定し、同時に東京近郊区間に統合されることになりました。当記事に掲載したきっぷを購入できるのは、あとわずかです。諸君よ、急げ!
この記事では、東京近郊区間内相互間である松本駅・大宮駅間のきっぷと、東京近郊区間を外れる北松本駅・大宮駅間のきっぷを比較します。
わずか1駅間の違いであるにもかかわらず、東京近郊区間にかかるきっぷの取扱方に生じる差がいかに大きいか、理解できるのではないでしょうか。
- 東京近郊区間で完結するかしないかできっぷの効力が大きく変わること
- 東京近郊区間と首都圏Suicaエリアが概ね一致していること
- 70条ゾーンを通過する場合の運賃計算が特殊であること
松本駅発と北松本駅発の意味深な2枚のきっぷ
当記事のトピックである2枚の普通乗車券を、最初にご覧いただきましょう。
● 松本駅から大宮駅ゆき普通乗車券
最短経路での営業キロは238.2kmで、無割引の運賃は4,070円です(大人の休日俱楽部会員用きっぷとして3,860円に割引されています)。
● 北松本駅から大宮駅ゆき普通乗車券
新宿駅経由の営業キロは253.2km、運賃は4,510円です。
どちらのきっぷでも、特急「あずさ」号の終着である新宿駅を経由できます。しかし、きっぷの値段が異なる上、細かな効力についても目に見えないところで差があります。
どうしてそのような差異が生じるのか、これから詳しく見ていきたいと思います。
松本市の中心部に位置する松本駅と北松本駅
最初に、当記事の舞台となる松本駅と北松本駅の概要を押さえておきたいと思います。
松本駅
松本駅(長野県松本市)は、篠ノ井線上にある長野県中部最大の駅です。東京・新宿駅からの特急「あずさ」号の終着駅であり、名古屋駅と長野駅を結ぶ特急「しなの」号が発着します。
東京から続く交通系ICカード利用エリアが、現状では松本駅で途切れます。その利用エリアに合わせて設定されている東京近郊区間が、松本駅で終わります。
北松本駅
松本駅から0.7km北に位置するのが、大糸線北松本駅(長野県松本市)です。
篠ノ井線と大糸線が北松本駅まで並走していて、北松本駅のホームからは篠ノ井線を走る列車が見えます。北松本駅の周辺は閑静な住宅地で、松本城まで徒歩圏内にあります。
北松本駅は、簡易委託駅です。日中時間帯のみ出札窓口が開いています。交通系ICカードの利用エリアから外れており、列車に乗車するには紙のきっぷを購入します。当然のことながら、東京近郊区間からも外れる形です。
2025年3月以降、北松本駅を含む長野エリアにSuica利用エリアが拡大されます。同時に、東京近郊区間に編入されることが決定しました。それ以降、当記事でご紹介するノウハウは通用しないことになります。
まずは、東京近郊区間に関する基本的な知識を、総論としてお話しします!
東京近郊区間とは
全国に5か所定められている大都市近郊区間のうち、首都圏における大都市近郊区間が、「東京近郊区間」です。
東京近郊における路線網の密度が高くなると、乗車券類の発売業務が煩雑になります。当該業務の合理化のため、例外的に乗車経路をユーザーに委ねることが、この制度の本来の趣旨です。
東京近郊区間の範囲
東京近郊区間の範囲は、下図の通りです。
一都七県の全域の他、長野県の一部と福島県の一部にまたがるJR東日本の在来線線区が、東京近郊区間に指定されています。東京の「近郊」から大きく外れた地域も東京近郊区間に含まれるため、非常に広大です。
東京近郊区間の範囲は、首都圏地区のSuica利用エリアとほぼ同じです。Suica利用エリアと平仄(ひょうそく)を合わせる形で、その範囲が定まっています。
東京近郊区間が制定された当初の範囲は、東京駅から概ね50kmの範囲でした。しかし、東京近郊区間の範囲がこれほどにも広大になった結果、現在では東京近郊区間の意味合いが大きく変化したと言えます。
当記事で取り上げる松本駅は、東京近郊区間の出口に位置します。東京駅から松本駅までの営業キロが235.4kmあるため、松本駅が「東京近郊」であることに違和感を覚える人が多いのではないでしょうか。
大都市近郊区間における営業制度の特則
旅行が大都市近郊区間相互間である場合、発駅から着駅までの経路にかかわらず、ゾーン内の任意の経路を取れます(旅客営業規則第157条第2項)。つまり、最短経路によって運賃計算された普通乗車券を持っていれば、乗車できる経路は自由であることを意味します。この規定によって、いわゆる「大回り乗車」が可能です。
ただし、発売される乗車券の有効期間は当日限りで、途中下車ができないという制約があります(旅客営業規則第156条第2項)。たとえ、発駅から着駅までの営業キロがたとえ101km以上あったとしても、例外的に途中下車が許されないことになります。
旅行開始前に乗車経路を決めて乗車券を購入し、距離によっては途中下車が可能という原則が、大都市近郊区間制度により例外的に崩れるわけです。
乗車する距離が長くなるほど大都市近郊区間のデメリットが目立つことには、このような背景があります。
交通系ICカードと相性が良い大都市近郊区間制度
Suicaをはじめとする交通系ICカードでIC乗車する場合、乗換改札がない限り乗車経路を特定できません。したがって、IC乗車する際の運賃計算は、常に最短経路で行います。また、IC乗車では出場する都度、運賃計算が打ち切られます。連続して乗車する場合に運賃を通算する仕組みがないため、IC乗車には途中下車の概念がありません。
このようなIC乗車の特性は、偶然なことにも大都市近郊区間制度の特性と一致するのです。交通系ICカードの利用エリアと大都市近郊区間の範囲の相性が非常によく、両者のエリアを統一する根拠になります。
大都市近郊区間に関する基本的な事項について、別の記事にまとめてあります。ぜひご一読ください。
また、新幹線を経路に含めることによって大都市近郊区間制度の適用を回避するテクニックについては、以下の記事をご一読ください。
それでは、松本駅・北松本駅から大宮駅までの経路やきっぷを、各論として見ていきたいと思います!
松本駅・北松本駅から大宮駅までの経路
松本駅および北松本駅から大宮駅までの経路は、次の図の通りです。
松本駅から見ると、大宮駅までの最短経路は以下の通りで、営業キロで238.2kmです。
[松本駅(篠ノ井線)塩尻駅(中央東線)西国分寺駅(武蔵野線)武蔵浦和駅(埼京線)大宮駅]
したがって、特急「あずさ」号が発着する始発駅の新宿駅は、最短経路から外れることになります。
松本駅から大宮駅に向かうには、乗換回数が多い武蔵野線経由よりも、乗り換えが1回で済む新宿駅を経由するのが一般的でしょう。
大都市近郊区間に関するルールと、東京都心部を通過する場合に適用される「70条ゾーン」が、両駅発のきっぷを理解する上で重要な鍵となります。
● 70条ゾーンについて
特急「あずさ」号が発着する新宿駅から東京中心部にかけては、旅客営業規則第70条で規定された、いわゆる「70条ゾーン」です。東京都心部を一つのゾーンと考え、どの経路を取ろうと最短の営業キロを用いて運賃計算を行います。
このルールが適用されるきっぷには経路が指定されず、70条ゾーン内では一筆書きである限り経路は自由です。また、営業キロが101km以上かつ途中下車に制限のないきっぷであれば、ゾーン内での途中下車も可能です。
お待たせしました!それでは、各きっぷについて詳しく解説します!
松本駅・大宮駅間の普通乗車券
東京近郊区間相互間である松本駅・大宮駅間の普通乗車券のスペックは、次の通りです。
- 営業キロ:238.2km
- 経由:篠ノ井線・中央東線・武蔵野線・北与野駅(東京近郊区間)
- 運賃:4,070円(大休5%割引で3.860円)
- 有効期間:当日限り(途中下車不可)
東京近郊区間相互間であるため、実際に乗車する経路によらず、最短経路で運賃計算を行います。経路を新宿駅経由に特定しなくても、新宿駅まで特急「あずさ」号に乗車可能です。
ただし、この区間の営業キロが101km以上あっても、途中下車はできません。途中駅で一旦改札口を出て、買い物をするといった使い方ができないため、不自由です。東京近郊区間を含め、大都市近郊区間内では、紙のきっぷの使い勝手が悪いと言えるでしょう。
北松本駅・大宮駅間の普通乗車券
東京近郊区間から外れる北松本駅・大宮駅間の普通乗車券のスペックは、次の通りです。
- 営業キロ:253.2km
- 経由:大糸線・篠ノ井線・中央東線(70条ゾーンは経路指定せず)
- 運賃:4,510円
- 有効期間:3日間(途中下車可能)
特急「あずさ」号に新宿駅まで乗車し、大宮駅に向かう経路です。
北松本駅は東京近郊区間から外れるため、大都市近郊区間にかかる制限の影響を受けません。営業キロが101km以上であるため、きっぷの原則に従って途中下車が可能です。実際に途中下車する際、途中下車印を押してもらいました。
ただし、乗車経路をあらかじめ決めてきっぷを買うため、今回は最短経路を取るよりも運賃が高額になります。
このきっぷの経路中、70条ゾーンを通過します。70条ゾーンに入る新宿駅から当該ゾーンを出る赤羽駅までは最短経路で運賃計算しますが、迂回して乗車できます。迂回した経路上での途中下車も可能で、実際に品川駅で途中下車しました。
東京近郊区間があまりにも広すぎる
Suica利用エリアが長野地区へ拡大することが以前から告知されていましたが、2025年3月に実施されることが確定しました。
同時に、篠ノ井線・長野地区の信越本線の全区間および大糸線の一部区間が東京近郊区間に編入されます。それによって、大都市近郊区間の制限を除外するためのワザが封じられることになります。
鉄オタだけではなく、一般ユーザーにとっても、長野駅が東京「近郊」であることには違和感を覚えるのではないでしょうか。
きっぷのルールが合理化され、きっぷの買い方に関して選択肢が減ることは、ユーザーにとって不利益です。別の記事(↓)で考察しているので、ぜひご一読ください。
まとめ
広大な東京近郊区間の最果てにある松本駅と、その隣にある北松本駅では、きっぷの運賃計算上、大きな差があります。
着駅が東京近郊区間内である限り、松本駅発の普通乗車券では途中下車ができない一方、北松本駅発では途中下車が可能です。運賃が同額でも区間を1駅ずらすだけできっぷの自由度を上げられるため、知る人ぞ知る奥の手です。
東京近郊区間相互間の経路である場合、常に最短経路で運賃計算を行います。きっぷとしての自由度が抑えられる一方、乗車経路通りに運賃計算を行うよりも運賃額が低く抑えられるメリットがあります。
東京近郊区間相互間であってもなくても、東京都心部を経由する場合、いわゆる「70条ルール」が適用となります。途中下車可能なきっぷであれば、当該ゾーン内でも途中下車が可能です。
広大な東京近郊区間が、2025年3月に再拡張されます。営業キロで300kmにも及ぶ経路を途中下車なしで1日で旅行するよう求めるのも、実態にそぐわないように考えます。紙のきっぷのルールを交通系ICカードのルールに強引に合わせるのではなく、IC乗車と(従来からのルールが適用される)普通乗車券のいずれかをユーザーが選択できるようにすれば、この問題を解決できるように思えます。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料
● JR東日本ニュースリリース「2025年3月15日(土)長野県のSuica利用がますます便利になります」2024.12.13付
● JR旅客営業制度のQ&A 第2版(自由国民社)pp.151-152
当記事の改訂履歴
2024年12月14日:当サイト初稿
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