日本の鉄道では、線路や駅といった施設や車両を鉄道会社が所有し、路線の営業もその鉄道会社が行うのが一般的です。しかし、別の鉄道会社の車両が自社区間に乗り入れてきたり、別の鉄道会社が当該区間の営業自体を行うケースがあります。
その一例として、石川県内の金沢駅からIRいしかわ鉄道線、JR西日本七尾線、のと鉄道線を経由し、穴水駅に至る区間が該当します。この区間では、列車が片乗り入れする区間(IRいしかわ鉄道金沢駅・津幡駅間)と、2社が営業し各社の列車が走る区間(七尾駅・和倉温泉駅間)がみられます。
所有と運行の「上下分離」の事例ですが「下」の所有会社が一部区間で「上」の営業を行う珍しい形態です。JR西日本と、のと鉄道の2社がそれぞれ同額で発売する七尾駅ー和倉温泉駅間のきっぷがみられます。
この記事では、他社が所有する線路や設備を使用して、自社の車両を乗り入れたり自ら営業したりする事例として、上記のIRいしかわ鉄道線/JR西日本七尾線/のと鉄道線の運行形態を紹介します。その上で、これらの会社が発行する乗車券類を個別にみていきます。
本記事にて取り上げる事例は、いわゆる「上下分離」の一形態です。読み解くことで、地域鉄道活性化のヒントになるかと思います。
- 線路・施設を保有する会社と別の会社が列車の運行を担当する例
- 金沢駅から穴水駅に至る区間の列車の運行形態
- のと鉄道線には広範な連絡運輸が設定されていること
他鉄道会社の路線を自社が営業するとは?
他鉄道会社の路線を自社が営業すると聞くと、耳を疑われるのではないでしょうか。
冒頭で申し上げた通り、日本の鉄道会社においては自社で線路や設備を所有し、自社の車両を走らせて営業するのが一般的です。日本ではある区間を走る鉄道路線の営業は独占が基本で、複数の会社が競争することは原則としてありません。したがって、乗客は営業する会社のきっぷを買って乗車します。
しかし、原則には例外があり、他社の路線に自社の車両を乗り入れたり、他社が所有する路線を自社で営業するケースがあります。
他社が所有する区間の営業や列車の乗り入れには、以下2つのパターンがあります。
他社区間への車両の乗り入れ
一つは、他社が線路や設備を所有する区間へ自社車両を乗り入れるパターンです。自社が営業していない区間に乗り入れて、他社区間を運行する形態です。このように、車両を乗り入れて直通運転するケースは、数多くあります。ただし、単なる直通運転なので、後述する鉄道事業法の裏付けがありません。
例えば、他社(A社)が営業する区間を利用するのにA社のきっぷを買うものの、乗り入れする自社(B社)の車両に乗車するケースです。この場合、B社は当該区間を所有していないので、きっぷを発売しません。地下鉄千代田線(A社:東京メトロ)北千住駅ー綾瀬駅間に乗り入れるJR常磐線各駅停車(B社:JR東日本)が、このケースに該当します。
地下鉄千代田線と常磐線各駅停車の同区間については、所有していないJR東日本も表向き自ら営業しているように見えるため、とても複雑です。その複雑な関係および運賃制度については本記事では触れません。詳細については、以下の記事(↓)をご一読ください。
他社が所有する区間を自社で営業
もう一つは、他社が線路や設備を所有する区間そのものを自社で営業するパターンです。当該区間を営業しているということで、きっぷの発売も当然自社で行います。
このモデルには二通りがあって、所有会社が営業を行わず所有に特化する場合と、所有会社も営業を行い、運行を行う場合があります。後者は非常に稀ですが、複数の会社が営業するということで、当該区間のきっぷが複数の会社で発行されることになります。
よく知られているのは、東京都内の地下鉄南北線(東京メトロ)と地下鉄三田線(東京都交通局)が、目黒駅から白金高輪駅までの区間で同じ線路を走るケースです。この区間の線路や施設は東京メトロが所有しますが、同区間を両社が営業し、当該区間のきっぷを両社が発売します。
地下鉄南北線と都営三田線については、別の記事(↓)をご一読ください。
他には、石川県内を走るJR西日本七尾線/のと鉄道線の七尾駅ー和倉温泉駅間、および岡山県内を走るJR西日本伯備線/井原鉄道線の総社駅ー清音駅間が該当します。
これは、七尾線における運行形態の図です。全区間をJR西日本が所有するものの、営業や運行をJR西日本とのと鉄道が行う珍しいケースです。
これは、所有と運営が分離された、いわゆる「上下分離」の形態です。しかし、このように「下」の部分を担う会社が一部区間において「上」の部分も担うのは、非常に特殊で稀です。
本記事では、具体例としてJR西日本七尾線/のと鉄道線の七尾駅・和倉温泉駅間を扱います。
鉄道事業法の裏付け
鉄道路線の事業や運営に関する法律の一つに、鉄道事業法があります。旧国鉄からJR各社に経営体が移行したのと同じタイミングにて、1987年4月に鉄道事業法が施行されました。
鉄道路線を所有し、運営する主体について、以下の3形態が同法にて規定されています。
● 第一種鉄道事業
自社が敷設した線路を使用して、自ら旅客や貨物の運送を行う事業を指します。線路や設備を自社が所有し、自社の車両(乗り入れする他社車両を含む)を用いて営業する形態です。大多数の鉄道路線が、鉄道事業法による第一種鉄道事業に該当しますが、整備新幹線については別の法律にて規定されています。
● 第二種鉄道事業
他社が敷設した線路を使用して、旅客や貨物の運送を行う事業を指します(他社=第一種/第三種鉄道事業者)。線路や施設を自社では所有せず、路線の営業および列車の運行を行います。車両は自社が所有する場合としない場合があります。JR貨物は、JR各社の線路を使用して貨物運送を担う第二種鉄道事業者です。
● 第三種鉄道事業
自社が敷設した線路を他の鉄道事業者に譲渡するか、第二種鉄道事業者に使用させる事業を指します。自社が列車を運行せず、線路や施設を所有するのみの形態です。地方自治体がこの役割を担う場合が多いです。
鉄道路線の所有と運行の主体を分ける、いわゆる「上下分離」においては、線路や施設を所有するのが第三種鉄道事業で、営業や列車の運行を担うのが第二種鉄道事業のケースが最も典型的です。一例としては、青森県/青い森鉄道(青森県)、北近畿タンゴ鉄道/ウィラートレインズ(京都府)の組み合わせがあります。
しかし、まれなケースですが、第一種鉄道事業者が路線の一部区間を分離するために第三種鉄道事業者を兼ねて、当該区間の運行を第二種鉄道事業者に託すこともあります。その例が、本記事に記載した七尾線/のと鉄道(石川県)やJR伯備線/井原鉄道(岡山県)です。
それでは、本題のJR七尾線/のと鉄道線の話を進めます!
IRいしかわ鉄道線/JR西日本七尾線/のと鉄道線の関係
IRいしかわ鉄道線およびJR西日本七尾線は、路線の所有区間と運行区間にずれがある、日本国内でも非常に珍しい路線です。
金沢駅から津幡駅までがIRいしかわ鉄道線の所有する区間、津幡駅から穴水駅までがJR西日本が七尾線として所有する区間です。第三セクターのIRいしかわ鉄道は、全線で第一種鉄道事業者です。JR西日本は、区間によって第一種/第三種鉄道事業者を兼ねます。第三セクターののと鉄道は、JR西日本七尾線の一部区間で自社の列車を運行する第二種鉄道事業者です。
JR七尾線の普通列車および特急列車は、金沢駅から津幡駅までの区間でIRいしかわ鉄道線に片乗り入れする形態です。したがって、この区間を乗車するためのきっぷは第一種鉄道事業者のIRいしかわ鉄道が発売します。
津幡駅から七尾駅を経て和倉温泉駅までの区間については、当該区間の第一種鉄道事業者であるJR西日本がきっぷを発売します。
七尾駅から穴水駅までの区間には、のと鉄道運行の普通列車が走っています。当該区間のきっぷは、七尾駅ー和倉温泉駅間を含め、第二種鉄道事業者であるのと鉄道が発売します。
七尾駅から和倉温泉駅までの区間は、JR西日本運行の特急列車およびのと鉄道運行の普通列車が走る重複区間です。この区間のきっぷは、第一種鉄道事業者のJR西日本および第二種鉄道事業者である、のと鉄道の両社が発売する形です。
金沢駅からJR七尾線の七尾駅および和倉温泉駅を経て、のと鉄道線の穴水駅方面に向かう場合、特急列車和倉温泉駅ゆきに乗車し、和倉温泉駅でのと鉄道の普通列車に乗り換えるか、普通列車七尾駅ゆきに乗車し、七尾駅でのと鉄道の普通列車に乗り換えます。
というわけで、七尾駅ー和倉温泉駅間には、JR西日本が運行する普通列車が存在しません。そのため、JR西日本の区間でありながら、他社が運行する普通列車に乗り換えなければならないという捻れが生じます。この区間をJRのきっぷで乗車できるか否かがグレーゾーンであり、問題となります。
IRいしかわ鉄道線/JR西日本七尾線/のと鉄道線 駅訪問
それでは、金沢駅から穴水駅にかけて訪問した駅の様子を、順にみていきたいと思います。
金沢駅
北陸新幹線と七尾線の列車が接続する金沢駅。
JR西日本七尾線の列車は、すべて金沢駅を発着します。金沢駅から津幡駅までの区間はIRいしかわ鉄道線ですが、JR西日本の運転士が金沢駅まで乗務します。
津幡駅
津幡駅(石川県津幡町)は、IRいしかわ鉄道線の富山駅方面とJR七尾線が分岐する駅です。駅舎は旧JR北陸本線時代からの駅舎で、それらしい雰囲気があります。
ホームにある駅名標には同社の社章が入っていて、JR西日本のものと似ていながらも区別できます。
七尾駅
七尾駅(石川県七尾市)はJR七尾線の中心駅で、JR西日本の七尾鉄道部があります。JRの改札口とのと鉄道の改札口は分けられていて、一旦改札口を出てから乗り継ぎます。
のと鉄道の列車が発着するホームの入口に、のと鉄道のきっぷうりばがあります。券売機が1台設置されていていますが、午後のみ窓口が開いています。乗客が鉄道事業者の種別を意識することは通常あり得ませんが、ここではJR駅の中にのと鉄道のきっぷうりばがあることから、誰もが違和感を抱くと思います。
のと鉄道の列車が発着するホームに掲げられた駅名標は、JR西日本のものです。七尾駅がのと鉄道の所有物ではないことがわかります。
和倉温泉駅
和倉温泉駅(石川県七尾市)には、JRの特急列車「能登かがり火」号や「花嫁のれん」号が乗り入れます。多くの観光客を迎える駅舎は立派な造りですが、2022年度以降無人駅になりました。きっぷの集改札はありません。
ホームにある駅名標は当然JR西日本のものですが、のと鉄道の列車が停車する駅とは外見上分かりません。
無人駅ながら、駅舎の中には自動券売機が2台設置されています(近距離券売機とみどりの券売機プラス)。後述の通り、きっぷの買い方が変則的です。
穴水駅
穴水駅(石川県穴水町)は、のと鉄道七尾線の終点です。線路や施設はJR西日本が所有しているので、線名はそのまま七尾線です。かつては輪島駅まで延びていましたが、穴水駅から先の区間は廃止されています。
穴水駅の駅名標は、JRのロゴがない、のと鉄道の様式です。駅舎の中に、のと鉄道のきっぷうりば兼旅行センターが入っています。のと鉄道の旅行センターは日本旅行の代理店で、旅行商品を購入できます。また、JRのマルス端末が設置されていて、日本全国のJR券を購入できます。そのマルス端末で、JR七尾線やIRいしかわ鉄道線、それ以遠の区間に及ぶ複雑な連絡きっぷを発売しているようです。
IRいしかわ鉄道/JR西日本/のと鉄道が発売する乗車券類
このような特殊事情があることから、運賃制度や購入できるきっぷがとても多様で、大変興味深いです。
IRいしかわ鉄道発売分
JR七尾線との直通列車に乗車する場合でも、IRいしかわ鉄道の区間を通過する場合には、同社の運賃・料金がかかります。
興味深いのが、特急料金です。同社線内の特急料金は大人で一律200円で、座席指定を行いません。金沢駅ー津幡駅間では、自由席特急券のみが発売対象です。JR線と連絡する場合、JR線の特急料金に大人200円が加算されます(指定席・自由席とも同額)。
同社線内単独の自由席特急券を購入してみました。乗車券・特急券とも社線単独のマルス券は発行不可で、代わりに同社POS券にて入手しました。
JR西日本発売分
七尾駅には券売機があり、JR線のきっぷを購入できます。
七尾駅から和倉温泉駅ゆきの普通乗車券を、みどりの券売機にて購入しました。のと鉄道乗り場にて同社の乗車券を購入できることから、このきっぷで、のと鉄道運行の普通列車に乗車することはあまり考えられません。両社で使用できるとのことですが、基本はJR特急列車用の乗車券ととらえると妥当でしょう。
和倉温泉駅にも券売機があり、七尾駅から先のきっぷを購入できます。ただし、七尾駅までは、のと鉄道普通列車の車内で現金払いするように案内が貼ってあります(券売機で購入したきっぷも使用可能です)。七尾駅から先、JR七尾線の普通列車で徳田駅以遠に向かう場合は、和倉温泉からの全区間でJR線扱いです。券売機でJR線のきっぷを購入します。
JR発行の青春18きっぷで、重複区間の七尾駅ー和倉温泉駅間を乗車できるか否かグレーなところです。SNSの投稿がソースですが、のと鉄道の場合は青春18きっぷが使用可能で、同区間を乗車できます。余談ながら、岡山県の井原鉄道において、総社駅から清音駅までの重複区間での青春18きっぷの使用は不可です。
のと鉄道発売分
七尾駅から穴水駅までがのと鉄道の営業区間であるため、和倉温泉駅接続のJR線連絡運輸ではなく、全区間でのと鉄道の通し運賃が適用されます。
七尾駅および穴水駅では、のと鉄道線のきっぷを常時購入可能です。七尾駅以北の駅に向かうには、のと鉄道の普通列車一択なので、のと鉄道の券売機で購入するのが妥当でしょう。
のと鉄道七尾駅の券売機で購入した、和倉温泉駅ゆきの乗車券です。JRの券売機で購入した場合と同額ですが、こちらのきっぷでは、のと鉄道の普通列車に乗車する場合に使用できます。
JR七尾線徳田駅以遠の連絡運輸
IRいしかわ鉄道/JR西日本/のと鉄道では、連絡運輸が設定されています。JR西日本とIRいしかわ鉄道の接続駅は津幡駅、JR西日本と、のと鉄道の接続駅は和倉温泉駅です。
他の路線ではなかなか見られないような三線連絡や三社連絡の設定がありますが、とても難解です。
これは、のと鉄道線とJR七尾線の連絡乗車券のサンプルです。田鶴浜駅から徳田駅ゆきの乗車券450円の内訳は、[和倉温泉駅までの、のと鉄道線分210円+徳田駅までのJR線分240円]です。
(JR七尾線連絡運輸)
(三社連絡)
ネット予約サービス「えきねっと」でも、のと鉄道を含む区間の検索ができます。ただし、連絡運輸の形態が複雑で、区間によっては申し込みを完了できません。
まとめ
他社が所有する路線を営業する鉄道会社(第二種鉄道事業者)のきっぷについて理解するには、鉄道事業法の定義を押さえる必要があります。自社が所有する区間を自社で営業する第一種鉄道事業、他社が所有する区間を自社で営業する第二種鉄道事業、そして自社が所有する区間を他社に営業させる第三種鉄道事業と、鉄道事業には3つの形態があります。
これらの形態を一か所で見られるのが、石川県内の金沢駅から穴水駅までの区間を結ぶIRいしかわ鉄道線/七尾線です。その内、七尾線の全区間(津幡駅ー穴水駅間)を所有するのが、JR西日本です。
JR西日本が第一種鉄道事業者として自ら列車を運行するのが、津幡駅ー和倉温泉駅間です。そして、和倉温泉駅ー穴水駅間については、JR西日本が第三種鉄道事業者として線路を所有しています。第二種鉄道事業者の、のと鉄道は、七尾駅ー穴水駅間で列車の運行を担っています。
というわけで、七尾駅ー和倉温泉駅間はJR西日本/のと鉄道の2社が営業する重複区間で、両社のきっぷを購入できます。この関係で、七尾駅ー和倉温泉駅間を乗車するきっぷとして、青春18きっぷを含む、同区間で有効なJR発行のきっぷの使用をのと鉄道が認めています。
連絡運輸のバリエーションも非常に豊富です。難解ゆえに本記事では多くを説明できませんが、三社連絡や三線連絡、通過連絡運輸が設定されています。
鉄道の所有と運行主体が異なる「上下分離」が各所で言われていますが、本記事で扱った事例も広義の上下分離です。JR西日本が「下」の部分として七尾線の全区間を所有するものの、「上」の部分の運行を一部区間のみで行うのが非常に特殊です。ただし、利用が多い区間のみJR西日本が運行を担当するところで、おいしいとこ取りだと揶揄されるかもしれません。
地域鉄道の生きる道を探る上での先例として、七尾線のケースが一つのヒントになるのではないでしょうか。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料 References
● 鉄道要覧 R4年版 p.41
● 鉄道事業法 第2条(定義)
改訂履歴 Revision History
2024年05月15日:初稿 修正
2024年02月05日:初稿 修正
2024年01月11日:初稿 修正
2024年01月10日:初稿
2023年9月05日:原文作成
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